青の物語
「C’était bleu. Complètement bleu(真っ青だった。何もかも完全な青だった)」
海から上がってきたフランス人の男はそう言った。
白く波がしらが立つ沖にイルカの大群が見えた瞬間、彼はシュノーケルグラスをわしづかみにして水辺に走りよった。ざぶんと飛び込むと、まっすぐイルカたちに向かって浜辺と直角に泳ぎだす…。
イルカたちと戯れた後、「すべてが完全な青だった」と言ったその男の瞳も、鮮やかなターコイズブルーだった。
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古代中国の思想家、荘子は晴れ上がった青空を見上げて考えた。
「もし、あの青い空の向こう側からこちらを見下ろすことができたなら、こちら側も青く見えるのだろうか」
それから約2000年を経て、私たちは彼の想像が間違っていなかったことを知る。
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ベトナムからラオスの山岳エリアには、藍染めの民族衣装を身につけて暮らす少数民族が住んでいる。彼らは、自分たちの衣服を藍で染め、それを着ては色あせたらまた染める。藍のためにその指までもが青く染められてしまっても。
藍染の原料となるのは主にたでの葉で、真緑の葉から鮮明な青色染料が抽出される光景は神秘的でもある。藍染はその葉を発酵して染料とする。うまく発酵が進んだ藍染料から真っ青な染め物ができあがる瞬間は、彼らにとって「神聖な」一瞬らしい。
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最相葉月氏の「青いバラ」では、交配によって青色のバラを作り出すことに憑りつかれた園芸家が登場する。彼は筆者に問うた。
「青いバラがあったとして、あなたはそれを美しいと思いますか?」
その後、確か、日系企業と外資との共同開発で青色のバラができたという話を聞いたが、私は見に行かなかった。
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日本語で「青」という言葉は、緑色を意味していることもある。昔の人は、「青」が「緑」から生まれることを知っていたのか。そもそも色という色はすべて一続きで、名前を付けて区切ることすら、あまり意味を成さないのかもしれない。
私たちはみな「青」から生まれた。このカラフルな世界はみな「青」からやってきて、それがこの惑星を特別なものにしている。
(このコンテンツは、以下の英文エッセイを日本語化して編集したものです。)