はな劇場

地下1階。土壁に囲まれた、アップライトピアノとステージだけの場末パブ。Googleマップには載っていません。

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本当に伝えたいことはインターネットでは伝わらないというジレンマ

ウェブライターの世界で駆け出しのころ、こんな案件がありました。

「摂食障害について書いてくださるライターさんを募集しています」

 

ウェブライターとしての経験を積むためにも、私はさまざまなジャンルの記事執筆に挑戦してみたいと考えていました。医学や栄養学に関する知識がない私に、「摂食障害」について記事が書けるのか?ーと、自問自答しましたが、そのクライアントに「ネット収集できる情報をまとめていただくだけで結構です」といわれて、引き受けることにしました。

 

摂食障害になりたい人のために記事を書く

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記事作成の内容は、キーワードを盛り込みながら記事を書くというシンプルなものでした。読者がキーワードで検索した時、検索結果ページの上位に表示されるような記事を書いてほしいといわれました。これをSEO対策といいます。

そして、記事作成を引き受けたわけですが、そのクライアントに依頼されたキーワードは次のようなものでした。

 

拒食症 なりたい

吐き方 痩せる

過食嘔吐 吐きだこ 

 

もっと驚いたのは、これらのキーワードで検索して上がってくる記事が複数あるということでした。私の仕事はそれらの情報をまとめつつキーワードを盛り込んで、指定文字数以上の記事を作成することでしたので、とにかく記事を書き始めました。

「拒食症になる方法」「吐きだこを作らずに上手に吐く方法」「辛くない吐き方」「過食嘔吐が家族にばれないための吐き方とその方法」などなど。

あなたなら、お金のためとはいえ、このような記事を書くでしょうか。

 

とにかく、私は、引き受けた以上仕事を全うしようとして記事を書き始めました。先にも言いましたが、「拒食症になる方法」と検索すれば、いくつかの記事がヒットします。そして、私はその内容を参考にしながらオリジナルの記事を書きあげました。

 

「そんな記事を書くなんて、倫理的にどうかしてる」

 

と思う人もいるでしょう。しかし、私の頭の中に合ったのは、香港で会った一人の摂食障害の女性でした。彼女とは知り合いでも友人でもなかったので、意見を求められないこともなかったし、そのとき彼女に対して私がしてあげることは何もなかったのです。

でも、その記事を書いているとき、間違いなく私の頭の中には常に彼女のイメージがありました。そして、彼女もこんな風にインターネットでキーワードを検索して情報収集しているかもしれない、と思いました。

 

この時のクライアントからは、「とにかく検索結果で上位表示されるような記事を書いてほしい、それ以外の部分はライターさんにおまかせします」といわれていました。それで、検索エンジンに高く評価されるように、私が心がけたのは次のようなことです

  • 記事のタイトルと内容が合っていること
  • 検索者が記事を読んで有益だと思ってもらうこと
  • キーワードを自然な形で盛り込むこと

 

伝えたいメッセージがある

その契約は10本の記事を作成する内容でした。そして、私は以上の点に注意しながら、なるべく読者の気持ちに寄り添うように記事を書き、そして最後には常にこのようなメッセージを加えました。

 

「このように、食べた後に自分で吐くということには、さまざまなデメリットもあります。拒食症になってほっそりした体を手に入れても、歯がボロボロになったり、吐きだこがある指ではちょっと残念な女子になってしまいますよね。」

「過食嘔吐することは、体に大きな負担をかけることでもあります。しんどいと思ったら、カウンセリングを受けてみるのも一つの方法ですよ」

「過食症のことを家族にばらしたくない、という気持ちはよくわかります。でも、友達や誰でもいいので、身近な人に少し話をしてみるというのも、気分がすっきりするかもしれません」

 

正直、もし身近な人に「痩せたい、拒食症になりたい」と相談されたら、私は「バカじゃないの、絶対にやめなさい」とストレートに反論していたでしょう。しかし、ネットで「拒食症になりたい」という人に対して、正面から反対意見を書いても、すぐにページを閉じられてしまうだけです。

そして、そのとき、私はインターネットで本当に伝えたい人にメッセージを伝えることの難しさを実感したのです。

 

「死にたい」とネット検索する人に自殺をあきらめさせる方法

ネット検索のおもしろいところは、自分が興味のある内容とその方向に沿った内容しかヒットしないということです。例えば、「ネット 稼ぐ」と検索すれば、「ネットで稼ぐ方法」という内容の記事がどっさりと上がってきます。しかし、「ネットでは稼げない」という反対の意見の記事は、自分で「ネット 稼げない」と打ち込まない限り(通常は)上がってきません。

「拒食症になりたい」と思ってネット検索する人に、「バカな考えはやめなさい」というメッセージを伝えるためには、「拒食症になる方法」「拒食症になって〇㎏痩せました!」というような内容の記事を書いてそれが検索結果ページに上位表示されないとダメなんです。

 

同様に「死にたい」とネット検索する人に、自殺をやめさせるには、「死にたい」というキーワードで検索上位に表示されるような記事を書かなくてはいけません。ここに、インターネットでメッセージを伝えることのトリックとジレンマがあります。

 

ネットでは、「興味」のない人に自分のメッセージを届けるのは難しい

学校ではいろいろな科目を勉強します。国語に算数、物理、化学、地理…、たとえあなたが物理学に興味がなくても、最低限のことは「理科」として強制的に授業カリキュラムに組み込まれていたはずです。

しかし、インターネットの世界は、自分で興味のあるものを選んで検索することになります。自分の意見や主張を裏打ちするための情報を集めることは容易ですが、自分の信念と全く反対の意見を吸い上げるためには、そう意図して検索する必要があります。

一方で、私が「摂食障害」の記事を書いたように、伝えたいことを伝えたい人に届ける方法がないわけではありません。多少トリッキーな手法ですが、それもインターネットと検索エンジンの興味深い特性の一つだと感じています。

 

私が「摂食障害」の記事を書いたクライアントは、私の記事に満足してくれたようでした。たいした修正依頼もなく、すんなりと記事の納品が終わり、報酬が支払われました。最後のメッセージに彼はこう書いてきました。

「このようなテーマで記事を書くことはクレイジーなことと思われたかもしれません。しかし、今回Hanaさんにお願いできたことは、僕としても幸運だったと思っています。ありがとうございました」


彼はもしかしたら、私に摂食障害の経験があったのかも、と思っていたのかもしれません。彼が私のその記事をどのようにマネタイズしたのかは知りません。でも、私が各記事の最後に加えた読者へのメッセージが、彼によって削除されなかったことを願っています。