はな劇場

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【私小説】恋愛の彼方―(1)中国興坪(シンピン)

 中国の水墨画のような景色の中、悠々と川を下る「漓江下り」は、人気の観光スポットの一つ。その漓江下りの途中に「興坪(シンピン)」という小さな町がある。私たちはそこで出会った。

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  漓江下りの拠点となるのは、中国広西チワン族自治区に位置する桂林という都市だ。カルスト地形独特のランドスケープである、タワーカルストの合間をゆったりとクルーズできる漓江下りは、中国旅行のハイライトのひとつでもある。

 通常、クルーズの終点となるのは陽朔という街で、ここは10年以上も前から西洋人旅行者で賑わう「バックパッカー天国」になっていた。ただし、最近は中国人の裕福層にも人気の観光スポットで、西洋風バーと中国ローカルのナイトクラブやカラオケが乱立する、ちょっとした娯楽街となっている。

 そんな喧騒に愛想をつかして、私はそれまで行ったことのなかった、近隣の小さな村「興坪(シンピン)」を訪ねてみることにした。

 

 興坪は漓江下りの主要地点であるものの、まだそこまで観光地化が進んでおらず、少しサビれた感じの街並みが、川岸に小ぢんまりと形成されているだけだった。外国人観光客が泊まれるゲストハウスは数件しかなく、興坪にやってくる外国人は、みな示し合わせたようにごく限られた狭い地区に集まる仕組みになっていた。

 私が彼と初めて会話を交わしたのは、そのゲストハウスの屋上テラスだった。

 天に向かって垂直にそそり立つ小丘の合間に沈む夕陽の光が水面に反射して、すべてがオレンジ色にきらめく屋上のテラスで、中国の田舎にしてはめずらしく十分に冷えたビールを飲んでいた。テラスには他に、スウェーデン人のカップルがいて、熟年のくせにやたらとベタベタいちゃついていた。

  相手のことに夢中で景色などそっちのけ風のカップルに話しかけるわけにもいかず、持て余し気味に飲んでいた私の視界に、見たことのある西洋人が、階段を上がってゆっくりと姿を現した。

 彼がチェックインした時、私はちょうどレセプション横のラウンジをぶらぶらしていた。やや離れた距離から目が合って、少し笑ったのが分かった。

 中国語と英語が話せる私は、西洋人がチェックインするときには簡易通訳を買って出ることもある。でも、ここのゲストハウスのレセプションはみな英語が堪能だったので、今回は黙っていた。

 

「レセプションの女の子、英語上手だったでしょ」

 私のことを中国人だと思っていた彼は、私が英語が話せるのを知って、少し驚いたようだった。私が日本人だというと、彼はさらにびっくりした。

 あいにくそこで、スウェーデン夫婦に写真を撮ってくれと言われ、会話が途切れた。カメラを向けると二人はますます一生懸命いちゃつき始めた。一枚だけの写真のつもりが、もう一枚、もう一枚…と、まあ、夕焼けの一番きれいな瞬間をカメラに収めたいという気持ちはわからなくもない。

 写真を撮りながら横目に、彼が階下に降りていくのが見えた。

 日が沈んで暗くなり、相手の顔がよく見えなくなるまで専属カメラマンをさせられたあと、やっと解放された。スウェーデン夫婦は「ありがとう」と喜んで「私たち旅行先で知り合った仲なのよ」とうれしそうに私に自慢した。

 

 このときは、まさか自分も将来、「私たち、旅先で知り合ったのよ」と同じセリフで二人のなれそめを語ることになるとは、思ってもみなかった。

 

 

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