はな劇場

地下1階。土壁に囲まれた、アップライトピアノとステージだけの場末パブ。Googleマップには載っていません。

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静かなる読者のために書く

ブログに関わらず、文章や何かしらのコンテンツをネットで配信している人にとって、ポジティブなコメントをもらうことほどうれしいことはありません。

 

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Photo by John Petalcurin on Unsplash

コメントを受け付けない設定をしている人もいると思いますが、私はやはりコメントをもらうとドキドキするのと同時に、うれしいと感じます。それがたとえネガティブなものであっても、それは「誰かに読まれている」ということですからね。

だから、コメントをいただいたときには、できるだけ返信をしているつもりですし(できていなかったらすみません)、何らかのアクションを付けて「読みましたよ!ありがとう」の気持ちを伝えたいと考えています。

でもね、最近、そうではなくて、コメントを残さないけれど毎回きちんと読んでくれる「静かなる読者」がいることにも気づき始めました。そして、そういう方に対する感謝の気持ちも、じわじわと感じるようになったのです。

 

インターネットがこれだけ普及して、だれでも情報配信できる世の中になりました。それはとても素晴らしいことです。

しかし、私たち情報発信側はけっこう勘違いしがちなところで。

自分で何かを発信することはないけれども誰かのコンテンツは定期的にチェックしている、そういう人は、発信者の数よりもはるかに大勢いるということです。

 

自分がこうやって、ブログに文章を書いているから、こんなことは誰でもできることだし、みんなやっていることだと錯覚してしまいがちになる。でも、実際にはそうではないのです。

 

ここまで読んでくださって、

「そんな、当たり前のこと...」

と思っているかもしれません。

 

書いている側としては、読み手に何かアクションをしてもらわないと、たとえアクセス解析に数字が表示されていても「これって本当はロボットなんじゃあ」とか、余計なことに疑心暗鬼になることもあるんですよね。

だからといって、読んでくれる人全員にコメントを強制できるものでもない、笑。

 

私はけっこうふらふらとプラットフォームを乗り換えてきたので、そのたびにあちこちに文章を書き散らしています。音声ブログもやってるしね。

でも、そうやって放浪して引っ越しばかりしていても、ちゃんとついてきてくれる読者がいるのです。中には、コメントなどのアクションをまったく取らない読者の方もいます。

コメントを書くのって、一読者からしてみれば、けっこう勇気のいることですからね。「せっかく読んでくれるならコメントくらい残してほしいな」というのは、ブロガーの驕りなのかもしれません。

 

そうです。今、そこでこの文章を読んでくれている、「あなた」に向かって書いています。

 

たとえ、どんな形態であったとしても、どこのプラットフォームであったとしても、広告をクリックしてくれなくても、一向にかまわないのです。

毎回、何かの折に、また戻って読みに来てくれる。そんな「静かなる読者」がいると思うだけで、また書こうと思えるのです。