なごり雪
この国でもやっと冬が終わろうとしている。
なごり雪という歌があるが、「なごり(名残)」という言葉は、なんと美しい日本語だろう。これを一言で英語にするのは容易ではない。
春が来る
昨日の最高気温は摂氏7度まで上がった。今日も、予測では10度まで上昇するらしい。まだ路肩には大量の雪の山ができていて、雪の堤防(スノーバンク)がそびえたっている。
これが、数日以内に水になって溶け出すことが予想されるため、自治体の道路課は浸水を防ぐための処置に大忙しのようだ。
寒く長い冬にも終わりが見えてきた。この街にも春がやってくる。
あれだけ冬の間、寒い、寒いと不平をいっていたが、いざその冬が終わりかけていると知るとちょっとさみしい感じがする。そこへ「なごり雪」が聞こえてきて、一つ一つの言葉が体に染み込んでいくみたいだった。
「なごり雪」1974年
なごり雪とは、季節の移り変わりを愛でることに長けた日本人らしい表現だと思う。
1974年伊勢正三氏が作詞、作曲して「かぐや姫」の楽曲としてリリースされた。イルカ氏がカバーして大ヒット、その後も多くのアーティストによってカバーされてきた早春の曲。
雪を表現する日本語はいくつかあるが、ぼたん雪や初雪とは違って、「なごり雪」には人の感情がにじみ出ている。それによって、美しく印象的な言葉になっているのではないか。
伊勢正三氏の「なごり雪」も、冬の最後にふる雪が「僕」の気持ちのメタファーになっているから、感傷的な直接表現がほとんどないにもかかわらず、情感がじわじわと伝わってくる。
人生のなごり
今年の名残雪は、もう降ったのだろうか、と思いをめぐらしてみた。先週の雪嵐がそうだったのだろうか、それだとしたらかなりドラマチックな名残雪だった…。
春は新しい生活の始まりであるとともに、別れの季節でもある。
降りやまない雪を憎々しげに眺めていたこともある私なのに、いざ春がそこまで来ていると思うと、白銀の冬の終わりが惜しくなってくる。人間とはなんと勝手な生き物だろう。
温暖な地方に生まれ育ち、数年前まで生まれ故郷よりもさらに南国に暮らしていた。雪も零下とも縁のない、一年中緑に恵まれた国。
もし今もそこに住み続けていたら、「なごり雪」がこんな風に聞こえることはなかっただろう。人生とは、おもしろいものだ。