宿泊していたゲストハウスの向かい側にある店で、安い中国ワインを見つけたので買ってみた。中国ワインは山東省煙台市や河北省のものが有名で、価格の割に意外と美味しい。カベルネソーヴィニヨンやメルローを使ったフルボディタイプも多い。
輸入物のワインもあるが、海外ものは偽物が多いので、私はどちらかというと中国国内産を選ぶことが多かった。
どっちみち、夜はあまりすることがない小さな街なので、さっそくラウンジの共有スペースで一人ワインを始めることにした。
ゲストハウスには、他にも各国からの旅行者が宿泊していたが、みな思い思いのことをして過ごしていた。アジア人顔の私は、西洋の旅行者には中国人にしか映らないらしく、あまり話しかけれることもなく、その夜も一人でワインを楽しんでいた。
「Can I join?(僕も、いっしょに、いいかな?)」
と唯一、声をかけてきたのが彼だった。
「Sure.(もちろん)」と私が言うと、彼は受付でワイングラスを借りてきて、私の向かい側に座った。
旅先で知り合う旅行者は、いずれ別れる。だから、普段なら他人には話せない会話で盛り上がることもある。彼がイギリス人であること、そして現在はカナダ、モントリオールに16年近く彼女と一緒に住んでいることを知った。
私は、早い段階で彼から彼女がいることを聞き出せて安心した。旅行先での色っぽい関係は望むところではないから。彼もそのつもりで、早々とパートナーの話をしたのだろうと解釈した。
彼は注意深く、でも大胆に、いろいろ質問してきた。彼の質問に私が不愉快に感じることはなく、少々プライベートな話題もふってくれるおかげで、私の方からも気楽に質問することができた。会話が弾み、仕事のことや生活のこと、過去の経験も将来の希望も、思いつくあらゆるトピックに渡っておしゃべりし続けた。
まもなくワインボトルが空になった。
「もうちょっと飲みたい?」
そう聞かれて「Yes」と答えたかったが、もうすでに向かいの店は閉まっている時間だった。
「僕、ビール買ってくるよ」
彼はそういって、ゲストハウスの受付で青島ビールを買った。
山東省青島市は旧ドイツ占領地で、青島ビールはドイツ人が作ったビール醸造所。以前青島ビール博物館を訪ねたことがあるが、まわりにはドイツ洋式の建造物もあり、なかなか趣があった。青島で泊ったユースホステルでは、アジア系の旅行者たちと仲良くなり、いっしょに青島ビールを飲んで楽しい夜を過ごした思い出がある。
一人旅に出た時、他の旅行者と交流するのは好きだが、あまりべったりとくっついていっしょに行動するのは好きじゃない。あくまでも自分のペースで観光したいので、いっしょに夕食をとるくらいならかまわないが、昼間までともに行動しようと考えたことはなかった。
だから、このとき彼に対しても、それなりの距離を保っておきたかった。
その夜は、二人で3,4本くらいだろうか、青島ビールを空けたのちに就寝した。ゲストハウスの共有スペースは夜11時消灯と決まっていたので、その時間になる前に、私たちもそれぞれの部屋に引っ込んだ。「明日いっしょにどこそこへ行こう」という話を彼が切り出さなかったことにほっとしながら、歯みがきして寝た。
その次の夜。二日続けてワインを飲むのはどうかと思い、今夜は青島で行こうと決めていた。夕食をとったあと、昨夜と同じラウンジのソファーで、ひとり青島ビールを始めた。そこへ、また、彼がやってきた。昨日とほぼ同じ時間。
「今日はビール?」
といって、彼は自分用のグラスを持ってきた。「僕も、もらっていいかな」
彼と話をするのは楽しかった。英語ネイティブでない私の英語もよく聞き取ってくれたし、アジア人だからとか、女だからといって軽視する雰囲気もない。とりわけ、私よりもはるかにたくさんの国をバックパック旅行してきた彼の体験談は、聞いていて飽きなかった。
その日訪れた観光スポットの話をして、明日予定している見どころのことも語り合った。翌日の計画を聞いても「いっしょに行動しよう」とは言いださない彼の、ちょうどいい距離感が心地良かった。
その夜は消灯時間の11時ぎりぎりまでビールを飲んだ。何本飲んだかは覚えていない。お互いボトルが空いたら、どちらかが交互に受付で買うというシステムが出来上がっていた。消灯時間になって部屋に戻ろうとすると、
「明日の夜も、ここで飲んでる?」と聞かれた。
「多分」と答えたが、本当はそう確信していた。
彼は「OK」とだけ言った。私は、明日の夜もし彼が現れなかったら、自分はがっかりするだろうと思った。
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