音楽家はずるい
世界はすでに探検しつくされていて、もはや秘境はどこにもない、といわれたりするけれど、未知のことで「オモシロイ」ものというのは意外とその辺に転がっていると思う。
それはもしかしたら能動的に取りに行かないと、見つけられないのかもしれないが。
今まで聞かなかったアーティストの音楽を聴いている。そのきっかけは、SNSとかで流れていたものや、ソーシャルメディアを通じて交流ができた人から。
そもそも、私がこんなふうに文章を書くことになったこと自体が、ソーシャルから始まったのかもしれない。
彼らの歌や音楽を聴いていて思うのは、「音楽やっている人はずるい」ということ。
私たちのように文章を書いている人は、他人の首元をつかんで自分の作品を読ませるわけにはいかない。文を読んでもらうためには、一定時間、その人の目と頭を奪ってしまう。
ところが、音楽はどうか。
いきなり音を立てて、他人の注意をひくことができる。
必ずしもリスナーが能動的になる必要はなく、そのへんのストリートでライブすればかなりの歩行者に受動的に自分の「音」を聞かせることができる(ストリート朗読とかやったら、だれか聞いてくれるかな? でもそれって、文章を書く以外の能力も必要だよね)。
映像ではなくサウンドだけが作品であれば、ながら聴きしてもらうこともできる。さらにさらに、たいていの場合、言葉の壁もない。
すぐれた音楽は、ほんの数秒、数分のサウンドで、他人を虜にすることもある。そして、誰かを勇気づけたり、インスピレーションを与えることもできる。逆にリラックスさせることも。
まったくもって、音楽家はずるいなあと思うのだけれど、私は文章を書くしかできないので、仕方ない。